10.4. ウイルスなどの細胞を持たない感染性物質
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ウイルス virus
核酸の遺伝性物質が組織化された構造体に埋め込まれている点など、生物と共通の性質がある
ウイルスには細胞がなく自分自身で増殖することができないことから、通常はウイルスを生物とはみなされない
ほとんどの場合、わずかな核酸がタンパク質の外被(キャプシド/カプシド capsid)に包装されたものであり、「箱に入った遺伝子」にすぎない
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ウイルスは生きている細胞に感染し、ウイルスの遺伝物質が細胞の器官にウイルスの製作を指令することによってのみ複製することができる
バクテリオファージ
バクテリオファージ bacteriophageまたは単にファージ phage
細菌に感染するウイルス
大腸菌に感染するT4ファージ
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タンパク質でできた精巧な構造体にDNAが格納されている
ファージが大腸菌の表層に接触すると、ファージの「足」(尾部繊維)が折れ曲がる
ファージの尾部は中空の管であり、バネのようなさやに包まれている
管の先端が細胞膜を貫通し、ファージのDNAをウイルス頭部から細菌の内部に送り込む
溶菌サイクル lytic cycle
ファージの複製サイクル
細菌の細胞内でファージのコピーが多数複製されると、細菌が破裂して溶菌することに由来
大部分のファージは細菌に感染するとこのサイクルに入る
溶原サイクル lysogenic cycle
ファージの複製も細胞の破壊も起こすことなく、ファージのDNAだけが複製される
大腸菌に感染するλファージ
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λファージには2種類の複製サイクルがある
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前段階
❶λファージは細菌の外側に結合してファージのDNAを細菌に注入する
❷注入されたファージのDNAは環状化する
溶菌サイクル
❸細菌の固有のDNA複製・転写・翻訳の機構はファージに乗っ取られ、ファージのコピーの生産に用いられる
❹細菌が溶解し、新たなファージが放出される
溶原サイクル
❺ファージのDNAが細菌の染色体に挿入される
染色体上に組み込まれたファージDNAはプロファージ prophageとよばれ、ほとんどの遺伝子が不活性
プロファージの存続はプロファージが寄生している細胞の増殖に依存している
❻宿主の細菌のDNAの複製と一緒にプロファージのDNAも複製され、細菌の分裂に伴って細菌のDNAと一緒にプロファージが娘細胞に伝達される
ファージが感染した1匹の細菌が迅速に増殖して、すべての細菌がプロファージを持つ大集団となることもある
プロファージは永久的に細菌の細胞内に存続する
❼時として、プロファージが染色体を離脱することがある
プロファージの離脱は、変異原への接触などの環境条件が引き金になる場合がある
プロファージが染色体を離脱すると、通常は溶菌サイクルに切り替わり、ファージのコピーが多数生産されて、宿主の細菌を溶解する
溶原サイクルの細菌の中でプロファージの遺伝子が不活性化することが医学的な問題を引き起こすことがある
ジフテリア、ボツリヌス中毒、猩紅熱を引き起こす細菌は、プロファージ遺伝子を持っていなければヒトに害を及ぼすことはない
プロファージ中の特定の遺伝子が細菌に毒素の生産を指令し、この毒素のためにヒトが病気になる
植物ウイルス
植物細胞にウイルスが感染すると、植物の成長が停止して作物の収穫が減少する
知られている植物ウイルスの大部分は遺伝物質としてDNAではなくRNAを有している
植物ウイルスの多くは、タバコモザイクウイルス(TMV)のようにらせん状に配置されたタンパク質が核酸を取り囲んだ棒状の形態をもっている
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植物に感染するためには、ウイルスは最初に植物の表皮細胞の外側の保護層を通り抜けなければならない
このため、損傷を受けた植物は健全な植物よりもウイルスに感染しやすくなる
ある種の昆虫は植物ウイルスを運搬して伝達する
ヒトが剪定バサミなどを通じてウイルスを拡散してしまうこともある
ウイルスに感染した植物は子孫の植物にウイルスを伝達する
大部分の植物ウイルスには治療法がない
農学者はウイルス感染の予防、および通常の育種や遺伝子操作によってウイルス感染に抵抗性を持つ品種を開発することに重点的に取組で似る
ハワイでは2番目に生産額の大きいパパイヤに島のほぼ全域でリングスポットウイルス(PRSV)が蔓延して壊滅的な打撃を受けたことがある
しかし、1998年前までには、遺伝子組み換えによるPRSV耐性品種のパパイヤを植えることができるようになり、以前の耕作地に再びパパイヤを栽培することができるようになっている
動物ウイルス
動物に感染するウイルスは、病気の原因となることが多い
インフルエンザウイルス
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多くの動物ウイルスと同様に、リン脂質の膜でできたエンベロープを持ち、タンパク質のスパイクが突き出ている
この外被は、ウイルスが宿主細胞に侵入し、離脱することを可能にしている
遺伝物質として8本のRNA分子がキャプシドに収められている
RNAウイルスによって引き起こされる病気
普通感冒(風邪)・麻疹・おたふく風邪・エイズ・ポリオなど
DNAウイルスによって引き起こされる病気
肝炎・水疱瘡・ヘルペス感染症など
外被を持つRNAウイルスであるおたふく風邪ウイルスの複製サイクル
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❶ウイルスのエンベロープが細胞の膜と融合し、キャプシドに覆われたRNAが細胞質に侵入する
❷キャプシドが酵素により除去される
❸ウイルスの一部として細胞内に侵入した酵素が、ウイルスのゲノムを鋳型に用いて相補的なRNA鎖を合成する
新たなウイルス鎖には2つの機能がある
❹mRNAとして新たなウイルスタンパク質を合成すること
❺新たなウイルスのゲノムRNAを合成するための鋳型となること
❻合成されたタンパク質が、新たなウイルスRNAの周囲に集合してキャプシドを形成する
❼最後に、ウイルスは細胞質膜に覆われて細胞から遊離する
ウイルスは細胞膜からエンベロープを獲得し、細胞を溶解することなく、細胞から離脱していく
すべての動物ウイルスが細胞質で複製するわけではない
ヘルペスウイルス
水疱瘡・帯状疱疹・単純ヘルペス・陰部ヘルペスなどを引き起こす
エンベロープをもつDNAウイルスであり、宿主細胞の核内で複製して細胞の核膜からエンベロープを獲得する
ヘルペスウイルスDNAのコピーは、通常は特定の神経細胞の核内に小染色体として残留している
潜伏したヘルペスウイルスDNAは、宿主のヒトが風邪や日焼けなどの身体的ストレスや感情的ストレスにさらされることが引き金となって、不快な症状を引き起こす
ひとたびヘルペスに感染すると、その人の生涯を通してたびたび発症することになる
米国成人の75%以上がが単純ヘルペスを引き起こす単純ヘルペス1型ウイルス、20%以上が陰部ヘルペスを引き起こす単純ヘルペス2型ウイルスを保持していると考えられる
ウイルスが身体に与える損傷の程度は、免疫系の迅速な対応や、感染された組織の回復能力などに左右される
風邪を引いても完全に回復することができるのは、呼吸器の組織が細胞分裂によって損傷した細胞を効率よく置換することができるため
一方、ポリオウイルスは通常は置換することができない神経細胞に攻撃する
ポリオに冒された神経細胞の損傷は永続的
このような場合、ワクチンが病気を防ぐ唯一の医学的選択肢
HIV : エイズウイルス
エイズ AIDS(後天性免疫不全症候群)
エイズウイルス HIV(ヒト免疫不全ウイルス)と呼ばれる特異な性質を有するRNAウイルスによって引き起こされる
エイズウイルスの形状はインフルエンザウイルスやおたふく風邪ウイルスとよく似ている
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エイズウイルスのエンベロープは、おたふく風邪ウイルスと同様に宿主細胞への侵入と離脱を可能にしている
しかし、エイズウイルスは複製様式が普通のRNAウイルスとは異なっている
レトロウイルス retrovirus
DNA分子を介して複製する
レトロウイルスと言う名は、DNA→RNAという通常の遺伝情報の流れがこのウイルスでは逆転していることから命名される
逆転写酵素 reverse transcriptase
RNAを鋳型としてDNAを合成する逆転写反応を触媒する酵素分子
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❶逆転写酵素がRNA鋳型を用いてDNA鎖を合成する
❷さらに相補的なDNA鎖が合成される
❸生成した2本鎖のウイルスDNAが細胞の核に入り、染色体DNAに組み込まれてプロウイルス provirusになる
❹プロウイルスはときどきRNAに転写され
❺さらに翻訳されてウイルスタンパク質を合成する
❻これらの成分から組み立てられた新たなウイルス粒子は、少しずつ細胞から遊離して新たな宿主細胞に感染する
エイズウイルスは人体の免疫系で重要な役割を果たしている特定の種類の白血球に感染し、最終的に白血球を殺す
この型の白血球が失われると、正常ならば撃退できるはずの別の感染症に感染しやすくなる
エイズが1981年に初めて認識されてから現在までに全世界で1000万人がエイズウイルスに感染し、100万人以上が死亡している
エイズを完治させる方法はないが、2種類のタイプのウイルスの複製過程を阻害する抗エイズ薬剤により進行を遅くさせることはできる
第一のタイプはプロテアーゼとよばれるウイルスの酵素の作用を阻害し、エイズウイルスのタンパク質生産の最終段階を阻止する
AZTが含まれる第二のタイプはエイズウイルスの逆転写酵素の作用を阻害する
AZTの効果のカギはその形状にある
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AZT分子の形状はチミンヌクレオチドと類似しているため、AZTはチミンの代わりに逆転写酵素に結合することができる
しかし、チミンとは違ってAZTは伸長中のDNA鎖に組み込まれることはない
米国などの先進工業国のエイズウイルス乾癬患者の多くは、逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤の両方を含む多剤併用療法を行っている
この多剤併用は個々の薬剤による単独療法よりもずっと効果的であり、ウイルスの増殖を食い止めて患者の延命につながると考えられる
しかし、この多剤併用療法でも体内のウイルスを完全に除去することはできない
エイズは完治させる方法がないため、避妊手段をとらない性交渉や注射器の使い回しを避けるなどのエイズ感染予防が唯一の健康的な選択肢
ウイロイドとプリオン
ウイルスは小さくて単純だが、さらに小さな病原体としてウイロイドとプリオンの2つのタイプの病原体がある
ウイロイド
小さな環状RNA分子であり、植物に感染する
ウイロイドはタンパク質をコードしていないが、それでも宿主の植物細胞の中で複製して細胞の酵素やヌクレオチドを無駄遣いする
このような小さなRNA分子は、植物の生育を制御する調節機構に干渉して病気を引き起こす
プリオン prion
さまざまな動物種における脳の変性疾患を引き起こすと考えられている
ヒツジやヤギのスクレイピー病
シカやエルクの慢性消耗病
ヒトのクロイツフェルト・ヤコブ病、狂牛病
英国では1980年代に200万糖以上のウシが狂牛病に感染した
プリオンは正常な脳細胞に存在するタンパク質が異常な折りたたみ構造をとったものであると考えられている
プリオンが正常な形態のタンパク質を含む細胞に侵入すると、何らかの機構により正常なタンパク質分子を異常な折りたたみ構造をもつプリオンに変換する
現代でもプリオン病を治療する方法は知られていない
→10.5. 科学のプロセス : インフルエンザワクチンは高齢者にも有効か